第20話「陽気な日曜日の世界」(前編)

 「陽気な日曜日の世界」か…。

 この世界では、ある男が神として信じられている。
 その男は求めに応じて酒や食料を出してみせたり、病人を癒したりしていたが、当時の掟に触れて罪人として処刑される。しかし、三日後に復活し、その男自身が神であったことを証明したという。
 実のところ、この男は世界をまたぐ影響力を持っている。この世界の暦は、この男の生まれた年を紀元元年としているが、その同じ暦が私がかつて訪れた別の世界でも使われているのだ。たとえば、「オポッサムな1人 バブーンな1人の世界」では「2015年4月16日」という日付が確認できる。
 さて、その暦に従えば、今私が居る時点は一六八八年四月。『陽気な日曜日』の正史が始まるのが一六九〇年十二月二十四日だから、その二年以上前ということになる。
 
 私はこれまで訪れた世界で様々な気分を感じてきた。清々しい気分、晴れやかな気分の時もあったが、居心地が悪かったり、不可解であったり、腹立たしかったりすることもあった。しかし、この「陽気な日曜日の世界」では、これまで感じたことのない種類の否定的な気分を味わっている。

 この世界では、神を崇拝する者たちの間に派閥が生じ、両者の間で百年以上にも渡って殺戮が続いているということだが、私はそんなことには全く興味がない。
 私を不快にさせている最大の要因、それは、この世界にはデュエルが存在しないということである。マジック&ウィザーズであれ、デュエルモンスターズであれ、名前は何でもいいが、とにかくカードを使ったデュエルをする者が存在しないのである。

 「デュエルモンスターズが存在しなかった世界」というのは存在したようだ。しかし、本当に触れ込み通りの世界だったのかどうかはあやしい。なぜならそこにたどり着いたtraveler北村は、結局デュエルをすることができているようなのだから。

 この世界は、正真正銘、デュエルも、デュエリストも存在しない。

 最悪の気分だ。

 こんな世界における私の存在意義はいった何だ?
 私はこの世界から一体何を得られる?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 私は今、ある住居の前に立っている。この住居の中にいるのは十人ほどであるが、部屋の数はそれ以上あり、多くの書物や衣服、そしてがらくたの類が詰まっている部屋もある。その十人のうち七人は、忙しげに立ち働いているか、何かの手仕事に従事している。残りの三人は暇そうにおしゃべりに嵩じている。その三人──中年の男と若い男、そして若い女──の会話がなぜか耳に入ってくる。

「父上、ありがとうございます。」
「アドルフ、お前ならきっと喜ぶと思ったよ。」
「それにしても、こんな珍しい書物、よく手に入りましたね。」
「うむ。お前の十七歳の誕生日にふさわしいものをと思って、東方からやって来る商人に頼んでおいたのだ。」
「お兄様、お父様からお祝いに何のご本をいただいたの? わたしにも見せてくださいな。エジプト…? エジプトと言えば、モーセが民を率いてエジプトを逃れたという話が聖書に書いてありましたわね。」
「うむ。シャルロットも興味があるようだな。かつては壮大な力を誇った国だが、今やオスマン帝国の支配下にあり、我々はその詳細を知ることができない。しかし、この本には、かつて彼らがどんな神々を信仰していたのか、その一端が記されている。もちろん彼らの神々は我々の崇拝の対象ではありえないが、興味を持つことは悪いことではない。かのモンテーニュは『およそ人間に関することで私に関係のないことは何一つない』というのを信条にしていたのだから。」
「父上、その言葉なら、もう何度も聞いてますよ。」
「いや、そうであったか。ははは。それなら、とって置きの珍しいものがあるぞ。お前たちがまだ一度も見たことも聞いたこともないものだ。その本に挟んでおいたのだが、それならどうだ。珍しかろう。」
「…何ですか? この(ふだ)は?」
「うむ、我が家の先祖がノストラダムス博士からもらったという紙片なのだが、図と文字のようなものが記されているであろう。このあたりの学者はもちろん、はるか東のシーヌ国のことまでも知っている商人でさえ、そんな文字は見たことがないと言っていた。何に使うのかわからないので、取りあえず栞として使ってきた。まあ、誕生祝いの付録としてこれもお前にやろう。」
「わかりました。いつかこのぼくが解読してみせましょう。」
「ははは、まあ、試してみるのだな。さて、晩餐の確認をしてくるとするか。お前たちがびっくりするような食事を用意しているからな。」
「美食家の父上のなさることですから、期待しています。」
「うむ。」

 私は、travelerが持つ「世界の概要を把握する能力」によって、彼らが何者か、もうわかってきた。
 この世界の主人公は「日曜日(ディマンシュ)」という名の男だ。素性を隠すための変名のような名だが、本名である。もっとも変名と間違えられて怪しまれる場面がしばしばあるのだが。
 そして、彼らは主人公と敵対する立場にある。派閥を異にし、この社会で重視されている身分とやらいうものも異にしている。主人公は商人の息子──すなわち平民に属し、彼らは貴族に属している。しかし、私にとってはどちらと相対しようが同じ事である。いずれにせよ、デュエルを知らないのだから。

 中年男の声は聞こえなくなった。しかし、残りの二人の男女の声はいっそうはっきりとし、姿形までが段々と見えてくるような気がしてきた。

「お兄様、その本、わたしにも見せて。」
「ぼくがもらったんだ。まずぼくが読んでからだ。シャルロットはギリシャ神話の本でも読んでおくんだな。」
「そんな本はもう何度も読んだわ。お父様があんなに興味をそそることおっしゃるんですもの。ねえ、ねえ、お願い。」
「…しかたがないな。じゃあ、いっしょに読むとするか。」
「うれしいわ。」



「なるほど、ギリシャ神話とはまた違った面白さがあるな。」
「太陽の神はラーというのね。旅に出てなかなか帰ってこない息子たちを心配する涙から人間が生まれたなんて、とても詩的だわ。」
「しかし、目からは強烈な光を放ち、敵を焼き滅ぼすともあるぞ。ラーは最初は絶大な力を持っていたが、やがてその力が衰え、人々が崇めなくなってしまったため、人間を滅ぼそうとした…ぞっとする話だな。」
「でもオシリスに説得されて殺戮を思いとどまるなんて、話せばわかるところもあるのだわ。」
「そのオシリスは弟のセトに謀殺されるのか…。なかなか血なまぐさい話だな。お前には刺激が強すぎるのではないか。」
「大丈夫よ、お兄様。妻のイシスがオシリスを復活させたとありますもの。…セトって、萵苣(ちしゃ)が好物なんですって。この丸い緑の野菜は旺盛な生命力の象徴であり、というのも、茎を切るとそこからどろっとした白い液が…。」
「シャルロット! やっぱりこの本はお前に読ませるわけにはいかない!」
「どうして? お兄様の意地悪!」

 馬鹿馬鹿しい兄妹喧嘩など見たくもないし、その原因にはいっそう触れたくもない。しかしなぜ「レタス」と言わずに「萵苣(ちしゃ)」と言うのか?
 そういえば、「カード」と言うべきところでも「(ふだ)」と言っていたな。
 そうか。ここはフランスだから、英語のような外国語は使用されないということなのか。「ラー」や「セト」といった固有名詞は使えるようだが…。
 
「その代わり、お前にはこれを貸してやろう。ぼくより先に解読してみるんだな。」
「まっ、ひどい。そんなものでごまかされ…。なんだか不思議な札ね。何が描いてあるのかしら。文字も全然わからないけれど、絵も何の絵なのかしら…。不気味な感じもするわ。灰色、白、黒…。」

 女がそのカードを窓から差し込む陽の光にかざした時、私は意図せぬうちに彼らの前に姿を現してしまった。どうやら、そのカードが私を引き寄せたようだ。そう、あれは間違いなくマジック&ウィザーズのカードだ。

「まあ!」
「何者だ?」

 私を迎えたのは彼らの驚愕の声と詰問であった。当然そういう反応になることはわかっていたので、私は静かに自己紹介をすることにした。

「私の名前は田宮行方。travelerだ。」
「た・み・や・ゆ・く・え? 不思議なお名前ですのね。エジプトの方なのかしら?」

 なぜエジプト? 私の名前のどこがエジプト人らしいのかまったく理解できない。たった今、エジプトに関する本を読んでいただろうに。そこに私に似た名前があったとでもいうのか。…おそらく理解不能なことはなんでもエジプトかどこかのことだと思いたがるのがこの世界の連中の習性なのだろう。

「私はエジプト人ではない。travelerだ。」
「tr…、何と言ったのか?」
「travelerだ。」
「どうもエジプトの言葉は聞き取りにくい。」

 エジプト人ではないと言っているのに。いや、もうエジプト人ということにしておいてやろうか。その方が親切というものだ。

「たしかに私はエジプトの方からやってきた。」

 自分で言っていて若干の気恥ずかしさを感じる。消火器を法外な値で売りつける詐欺師が、“消防署の方からやって来た”と言うのに似ている。

「やはり、そうですのね。上から下までの黒い装束、まるでイシスのようですわ。」

 憧れに満ちたまなざしを向けられたが、イシスの服が黒なのかどうか、私にはわからない。

「そのエジプトのタミヤとやらが何のためにここにやってきたのだ?」
「自分自身でも最初はわからなかったが、今わかった。その札を手に入れるためだ。」
「まあ?」
「なんだと! これは我が家に代々伝わる貴重な宝物なのだ。それをお前のような得体の知れぬエジプト人においそれと渡してなるものか。」
「ふむ…。それならちょうどいい。決闘で手に入れるとするか。どんなことでも決闘で片をつけるのが我々の流儀だからな。」

 私は「デュエル」と言おうとしたのに、実際に口から出てきたのは「決闘」という言葉であった。この世界の鉄の法則──固有名詞以外の外国語は使用することができない──は、この私をも支配するのか。少々厄介なことになったようだ。

「決闘だと! なぜ、見も知らぬ者と決闘をせねばならぬ。」
「決闘と言っても、私がおこなう決闘は札による遊戯だ。」
「ふざけるな。遊戯だと? 決闘は神聖なものだ。剣による命がけのものだ。」
「もちろん、命がけの決闘はある。闇の決闘ならな。」
「闇討ちのような卑怯な真似はしないのが真の決闘だ。」

 どうも話がかみ合っていないような気がする。

「お兄様、わたし、わかったわ。この方のなさりたいことが。」
「何?」
「だって、思い出したのですもの。わたし、この方の言う遊戯の札をひとそろい持っていることを。」
「遊戯の札を持ってる?」

 おかしい。「陽気な日曜日の世界」にはデュエルをする者などいなかったはずだ。このカードにしてもたった一枚だけであり、しかも本の中に封印されていたのだから、デュエルに使った形跡はない。
 しかし、その女はゲームのカードをデッキとして持っているらしい。この世界は『陽気な日曜日』の正史ではないのか。それとも、私が介入したことで、ついに物語を改変して別の世界を作ることになるのか。…面白い。面白いという気分だ。





第20話「陽気な日曜日の世界」(中編-1)


2017.08.25 | 未分類

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